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易       About

易とういうのは、占いに用いられる書物のことで、易経ともいいます。また儒教の基本テキスト五経の筆頭に挙げられる経典でもあり、太古よりの占いの知恵を体系化し組織化し、深遠な宇宙観にまで昇華させています。今なお行われている易占法の原典ですが、易経成立当時の占いは現代のそれとは大いに違うものとされ、古代にあっては、共同体の存亡に関わるきわめて重要かつ真剣なものであったと伝えられています。このころの占い師は政治の舞台で命がけの責任をも背負わされることもあったのです。

 

古代中国、殷の代には、亀の甲羅を焼き、そこに現れる亀裂の形で、国家的な行事の吉凶を占う「亀卜」が、神事として盛んに行われていたことが、殷墟における多量の甲骨文の発見などにより知られていますが、西周以降の文の、「蓍亀」や「亀策」などの語に見られるように、その後、亀卜と筮占が併用された時代があったといわれています。この両者の比較については、『春秋左氏伝』僖公4年の記載に、亀卜では不吉、占筮では吉と、結果が違ったことについて卜人が、「筮は短にして卜(亀卜)は長なり。卜に従うに如かず(占筮は短期の視点から示し、亀卜は長期の視点から示します。亀卜に従うほうがよいでしょう)」と述べたとうものが残っています。『春秋左氏伝』には亀卜や占筮に関するエピソードが多く存在しますが、それらの記事では、(亀卜の)卜兆と、(占筮の)卦、また、卜兆の形につけられた占いの言葉であるチュウ辞と、卦爻につけられた占いの言葉である卦辞・爻辞が、それぞれ対比的な関係を見せています。『易』の経文には占法に関する記述はなく、繋辞上伝に簡単に記述されているのみとなっています。繋辞上伝をもとに唐の孔穎達『周易正義』や南宋の朱熹『周易本義』筮儀によって復元の試みがなされ、現在の占いはもっぱら朱熹に依っています。繋辞上伝には「四営して易を成し、十有八変して卦を成す」とあり、これを四つの営みによって一変ができて、三変で1爻が得られ、それを6回繰り返した 18変で1卦が得られるとしました。さらに4営は伝文にある「分かちて二と為し以て両に象る」を第1営、「一を掛け以て三に象る」を第2営、「これをカゾうるに四を以てし以て四時に象る」を第3営、「奇をロクに帰し以て閏に象る(「奇」は残余、「ロク」は指の間と解釈される)」を第4営としています。

 

『易』にはこれまでさまざまな解釈が行われてきていますが、大別すると象数易(しょうすうえき)と義理易(ぎりえき)という2つに分けられます。象数易とは卦の象形や易の数理から天地自然の法則を読み解こうとする立場、、義理易とは経文から聖人が人々に示そうとした義理(倫理哲学)を明らかにしようという立場となります。

 

漢の代には天象と人事が影響して、君主の行動が天に影響して災異が起こるとする天人相関説とう説があり、これにもとづいて易の象数から未来に起こる災異を予測する神秘主義的な象数易が隆盛しました。そこで、『易』は政治に用いられ、預言書的な性格をもっているのです。特に孟喜・京房らは戦国時代以来の五行と呼ばれる循環思想を取り込んで、十二消息卦など天文律暦と易の象数とを結合させた卦気説と呼ばれる理論体系を構築していました。前漢末の劉キンはこのような象数に基づく律暦思想の影響下のもと漢朝の官暦太初暦を補正した三統暦を作っていて、また劉キンから始まる古文学で『易』は五経のトップとされていました。

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